鬼太鼓座・鼓童時代の佐渡での住処は、廃校となった元・真野町立大小(だいしょう)小学校、とても小さな学校だった。僕は、ここに十二年間住んだ。
体育館に先輩方が手造りの防音壁を施して、稽古場になっていた。 近くに民家も数軒あるので、夜中に太鼓の練習は無理だが、朝は4時50分(夏場は3時50分の時もあった)起床で、まずこの体育館に集まって楽器の音出しから始める。
これは早朝なので、太鼓はなしで、三味線、篠笛、尺八、お琴をそれぞれ手に持って集合。音を出す。 その後に体操をして外に飛び出して、朝飯前の10キロランニング。この間、朝起きてからずっと男性は上半身裸、女性はTシャツ一枚。冬の佐渡は日本海から吹き付ける風が荒々しい。
こういう生活をおくっていると体が丈夫になると思われがちだが、そうでもない。風邪や腹痛はしょっちゅう。激しい生活の故だったろうか。
ここでは稽古場の奥にトイレがあった。 だから稽古をしない時でもトイレに行くのに、稽古場を通り、太鼓の顔を見ることになる。
この稽古場で夏休みや冬休みなどの期間、佐渡にいる時、12時間太鼓マラソンや18時間太鼓マラソンなどをやったことがある(24時間マラソンも本当はやりたかったけれど、それはさすがにご近所様があるので控えた)。
どれだけ大太鼓を長く叩き続けられるのか、試してみたかったのだ。
一人でやった事はなく、大人数でやったこともあり、二、三人でやったこともある。
ただ音を出し続けることならば、交代せずに二、三時間でも大丈夫だ。要は出し続ける音の密度だ。 呼吸をするように叩き、気持ちのよい波を作ることが出来るかどうかだ。
あの頃の稽古が懐かしく、この頃は一人で一時間叩き続けるというのをやっている。
30分を過ぎると、佐渡で流した汗を思い出す汗が目にも零れてくる。
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