夢だった北京オリンピックが今日、開幕。 | 富田和明的太鼓日記『その日の気分打!』

富田和明的太鼓日記『その日の気分打!』

太鼓打ち・富田和明の、太鼓と関係あることないことをその日の気分で綴る、和太鼓ドンドコ日記

夜が明けた。
いよいよ今夜、北京オリンピック開会式が始まる。



「北京でオリンピックが開催される」と決まった7年前の2001年7月から、ずっとこの
日を楽しみに待っていた。
「2008年8月は何をしているだろう」と考え、「開会式を見に行きたい。北京で太鼓
を叩けないか」と夢想していた。

現実には今日、僕は横浜にいる。
何事もなく、自宅で夜8時8分(日本時間では+1時間)を迎える。



1988年9月17日、ソウルオリンピック開幕の日、僕は北京の中央民族学院にいた。
まだ寮の部屋にテレビはなく、寮管さんの部屋のテレビを少しだけ見た。
「今日が開会式だったんだ」

その年の9月1日に初めて北京の地を踏んだ僕は、まだ留学の生活や授業に馴れなくて、オリンピックどころではなかった。
あれから20年だ。


僕が北京に住んだのは約二年半。



このうちの一年間分の話は、北京留学日記「愛しき五星ビール」(第三書館)に書い
た(と、そっと宣伝)。
当時はお金にしても、中国人民が使用するお金と、我々外国人が使用するお金さえ違っていた。
これが統一されて一つになるというごく当たり前の事さえ、「そんなことに成るはず
がない」と思っていた。


物価も安かった。
ビール大瓶一本が約40円。毎日一本飲んでも一ヶ月1,200円だ。
でもこれは若い先生の月給と同じ額だったりする。
日本人にとっては、安かった。


そんな北京での楽しみは、映画やサーカス、コンサート、芝居、世界一級クラスの公
演を観ること。
チケットが超安かった(くどいが、日本人の僕にとっては)。毎日と言っていいくら
い、何か見ていた。



映画も熱い。


張芸謀(じゃん、いーもー)が初めて監督として撮った作品「紅高梁(ほんがおりゃん/紅いコーリャン)」もそんな北京の映画館で見た。


役者たちのパワーが漲り、強烈に新鮮な映像と音楽。北京でも大ヒットして、主題歌「妹妹[イ尓]大胆往前走」も大ヒットした。
でもこの映画は、中国政府から人民によろしくないという理由で最初国内で公開されなかった。
でもベルリン映画祭でグランプリを取って、やっと公開された。
その後も現在に至るまで映画を精力的に発表し続けているけど、僕は最近の超大作より、合間に撮った(ような)小作品「あの子を探して(一個都不能少)」や「初恋の来た道(我的父親母親)」が好きだ。

でもこの張芸謀監督が、北京オリンピック開会式閉会式の総監督製作指揮なんですからね、どうしても期待してしまいます。


集団の迫力と個人の気鋭をどう魅せてくれるのか、中国音楽盛りだくさん(の筈)を
どう聴かせてくれるのか、どんな太鼓が出てくるか(威風鑼鼓と安塞腰鼓も見られる
か?)、それが楽しみでなりません。


20年前、中国でも一般的には西洋音楽と比べ、自国の民族音楽は一つ下に見られていた。

と言うより、1970年代の文化大革命時代は、文化という文化が否定され壊された歴史がある中国(張芸謀さん自身も約10年間僻地農村に下放されていた)。

あれから3、40年か‥‥‥。


今はどうだろう、どう変化したのだろう。



北京でオリンピック。
僕にとってはまだ夢としか、思えない。


今回は逃したけれど、やっぱり行きたい。

この眼で、この体で、もう一度、中国を体験したい。